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チャレンジ、砥峰高原ヒルクライムへ

だいたい、私はあの煙を見て、走るか走らないかを決めますが、今日は最高です。
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そして今日の行先は…、
「ノルウエイの森」、「軍師官兵衛」「平清盛」などのロケ地として有名な砥峰(とのみね)高原です。

加古川から寺前駅までが50キロ、そこから砥峰高原へのヒルクライムになります。
最低でも往復130キロですが、今日を逃すと今年はもう無理でしょう。

しかし、ですよ、突然の来客のため、出発は午前10時!
2時間遅れ、でも…、行きます!

ちょっとでも近道をするため、バイパスの側道で加古川を渡ります。
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出発して1時間、11時に姫路市に入りました。
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福崎町に近づいてくると、なんと、富士山が見えました。
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いやー、姫路で富士山が見えるとは、感動ですなー。
ウソこけー(笑)。

そして播但道に沿って走っていると…、
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諏訪の岩穴(いわあな)? 
なに、それ?
2時間遅れの出発やで、行く? 行かない?

わずか1キロやん、「迷った場合は行け!」、ということで行きました。
(「やらなくて後悔するよりは、やって後悔せよ」というのが私の信条です。)

途中で見つけたこれ、自転車道でしょうか?
走りやすそうですが、でも、さすが今日はやめておきましょう。
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着いたところが諏訪神社。
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なんでも前方後円墳の石室が岩穴で、それがご神体になっているとか。
だから石室と拝殿が接しているという珍しいつくりです。
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と、説明板に書かれていましたが、
平荘湖の天下原の毘沙門さんも同じようなつくりですよー。(笑)
(ケンカ、売っとんかー?)

では、元のルートに戻って、市川を目指します。

見覚えのある道だなーと思ったら、「銀の馬車道」でした。
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(「銀の馬車道」とは、生野銀山から飾磨港まで続く日本最古の舗装道路です。)

国道312号は走りにくいので、このまま「銀の馬車道」を走ります。
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そして312号に出ると、すぐに市川を渡って対岸を走ることにします。
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ロングを走るときは、距離も大切ですが、できるだけ安全な道を走りたいです。

市川右岸は、左岸の国道と違って、車が少ないので走りやすいです。
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砥峰高原へのアプローチポイント、寺前地区に入ってきました。
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12時を過ぎているので、昼食をとらなければなりません。
昼食は、「こっとん亭」にします。
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ここで思い出したのが、今日はワイヤーキーを持って来ていなかったのです。

なので、自転車は屋内保管にしてもらいました。
ありがとうございます。
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この辺りでは、「麦とろ」が有名なのですが、
スタミナをつけておかなければヒルクライムできないので、日替わり定食を頼みました。
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さて、スタミナもついたし、ヒルクライムに挑みますか?

あ、そうそう、「こっとん亭」は、水車公園にあります。
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店のお姉さんに聞いたのですが、砥峰高原のススキはもう終わりで、
今は紅葉が見ごろらしいです。
「でも、自転車では、ねー。」と言われました。

バカめ、わしの実力を知らんなー?
(知らん知らん、だーれも知らんぞー。)

寺前駅を西へ西へと走ると、砥峰高原の表示が現れました。
ここから15キロですって。
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すみません、長くなるのと、足がしんどいので、続きは明日書きます。

ここら辺までは、ずいぶんと余裕こいていますが…。(笑)

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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コメント

全国の諏訪神社の総本社が、長野県の諏訪湖近くにある諏訪大社で、祭神が建御名方神(タケミナカタノカミ)なので、全国の諏訪神社もこの神様が祭神なんですね。
諏訪大社の御神体が神木や山だそうで、古い時代の神社は山や岩を御神体にしてたので、歴史の古さを感じます。
建御名方神を調べると、大国主神(オオクニヌシノカミ)の子なんですね。他神様と土地の取り合いで相撲とったら負けそうになったから、最後に投げ飛ばされた地で、負けを認めてそこの地に留まったという話が伝わってます。
元は風と水の神様だったのがその後、風や水と関係があるというので農業の神様にもなったとか。戦勝を祈願したら叶ったことから戦勝の神様にもなってますね。
姫路市山田町の諏訪神社は、諏訪信仰の住民が建立したみたいですが、御神体としている多田古墳は埋葬者が誰であるかは分かってないんですね。一応調査して6世紀頃のものとだけは分かったみたいですが。
誰のかわからない古墳を勝手に建御名方神の御神体としたということなんでしょうか。御神体の御社は古墳の内部の石室にあり、この前の場所に拝殿が建ってるんですね。
時代が古い遺跡や神社・仏閣は、伝承が長く続いてたこともあって、今ではよくわからないこともあるものですよね。

諏訪信仰は全国的で、何か争いがあると諏訪信仰と結びつくことがあるみたいですねー。
この諏訪神社に行く手前の左側にも、公園風に整備された古墳がありました。
しかし、石室なんて、一目見ただけで人工的なものとわかるのに、なぜそれをご神体としたのか、不思議です。
ひょっとしたら、墓とわかっていて、関係ある人が先祖を敬っていたのが、いつのまにか神格化していったのかな、とも思います。
神社自体は、掃除も行き届いていて、住民から大切にされていることはわかりました。

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自転車と野菜作りで「人生の楽園」的生活をめざします。

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