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自転車の重さって

この前、自分の自転車の重さを量ってみました。
81107(36).jpg
この状態で、8.1㎏でした。

量り方は、まず自分の体重を量り、それから自転車を持って体重計に乗り、
その重さから自分の体重を引くという方法です。

今の状態で自転車には、ベルやライトドリンクホルダー、フィクサー、
空気入れなどをつけていますが、実際は、さらにこのようなものを取り付けます。
81107(39).jpg

ツールボックス、リアライト、サイクルコンピューター、センサー、
そして、大事な大事なお守りを3つ!

えーと、左から東大寺でしょ、そしてまた東大寺でしょ、それから鍬谷神社でしょ。
81107(40).jpg
(何で3つもいるねん?)

これで、プラス641gです。

さらにドリンクボトルで600gぐらいでしょ、ということは、
実際は、9.3㎏ぐらいで走っているのでしょうか。

しかし、いちいち自転車を持って体重計に乗って、それから引き算して…、
不便だなーと思っていると、アマゾンでこんなものを発見しました。
81107(37).jpg
デジタル吊り下げ秤、50kgまで測れて精度±10gですって。

値段は500円もしないし、送料無料ですって。
うーん、これ、一家に一台あってもいいかなー。

最後までお付き合いいただきありがとうございました。
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コメント

東大寺というと必ず思い出します、もとは滋賀の信楽に建立されるはずだった事を…。
聖武天皇は、国の安泰と繁栄を願って、未だかつてないデカ寺院と大仏の建立を計画しました。建立候補を部下と僧侶に調査させたところ、山々に囲まれ、焼き物が作れるある地を進められ、見に行くととても気に入ったので、この地に離宮と寺院の建立を決めました。
自身がこの地に来た時の住まいと、寺の建立を命じ、基礎作りが始まります。少し遅れて、少し離れた場所にデカ大仏を鎮座するデカお堂の建立も始めました。
この地にははっきりとした地名がなかったらしいので聖武天皇は、この地を紫香楽と呼び、ここの宮を「紫香楽宮(しがらきのみや)」と名付け、工事中の時に時々様子を見に来て、完成を楽しみにしてました。
大仏の骨柱の儀には、聖武天皇も綱を引いたそうです。紫香楽宮の門や離宮も完成まで少しというところで異変がおきます。
山火事が何度もあって、完成間近の建物も燃える被害がありました。そこへ建物が半壊するほどの大地震が発生し、ショックで聖武天皇は、この地の宮作りを諦めたのです。
今までの発掘調査で、信楽の宮町からは、デカお堂が建立された跡の一部が見つかってます。「紫香楽宮跡」です。
それまでに「紫香楽宮跡」と思われてた遺跡場所は、宮跡ではなくて祈願場所であった甲賀寺という寺跡であったことが判明しました。「甲賀寺跡」です。
今この地を見ると、こんな山中に東大寺を建てようとよく思ったものだと感じます。昔の人は不思議だなぁ…。

東大寺は、もとは恭仁京に近い信楽に建立される予定だったのですよね。
聖武天皇の時代は、割と短い期間で遷都されているので、遷都の考えも、今とは全く違っていたのだと思います。
信楽へは行ったことがないので、よく知らないのですが、そんなに山の中ですか。
しかし、信楽でそのまま大仏が作られていたとすると、歴史はずいぶん変わっていたでしょうね。

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GGチャリダ

Author:GGチャリダ
自転車と野菜作りで「人生の楽園」的生活をめざします。

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