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八幡の厄神さん、桃の花はまだです

あまりにも春なので、畑仕事は早めに終わって、ポタリング。

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とりあえずは、加古の大池。
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八幡の厄神さん。
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桃と桜が一緒に見られるのも、もうすぐかな?
楽しみです。

しかし…、先日まで寒くて鼻水に悩まされました。

そして今日、花粉で鼻水に悩まされました。

季節を感じますねー。
(鼻水でかい?)


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厄神で桃&桜の両方が楽しめるなんて知りませんでした。
シーズンインしたら厄神サイクリングに行ってきます。
自分も鼻水でゴミ箱はティッシュだらけです。

去年は行っていないのですが、
一昨年は4月4日に桜と桃のコントラストを見てきたと、ブログに書いていました(笑)。
たぶん桃だと思うのですが、今年は確認に行かなければなりません。

宗佐厄神八幡神社なんですね。ここの桃・桜のことはわからないですが、御祭神を調べてみました。
御祭神は品陀別命で(ほむたわけのみこと)で八幡大神と呼ばれてる、15代天皇・応神天皇のことだそうです。脇座は息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)で、応神天皇の母・神功皇后のことだそうです。脇座のもう一柱の仲姫命(なかつひめのみこと)は、応神天皇の皇后・中津姫皇后のことだそうですね。
応神天皇陵は、大阪府羽曳にある「恵我藻伏崗陵」で、全国2番目の大きさですよ。近くに皇后陵「中津姫皇后陵」もあり、父・仲哀天皇陵「恵我長野西陵」もありますね。
応神天皇の第二候補陵が、大阪府堺にあり、「百舌鳥陵墓参考地」と呼ばれてます。近くに息子・第16代天皇・仁徳天皇陵「百舌鳥原中陵」・別名「大仙古墳」があり、日本最大の古墳です。
道を挟んで大仙公園がありますが、毎年開催の「ツアー・オブ・ジャパン」の第1ステージの会場です。駅に近く交通が便利な場所なので、何回か観戦に行ったことあります。
近くで見る仁徳天皇陵は、もう全体はもちろん見渡せず、小さな森か林あるいは大きな丘がずっと奥まで続いてるって感じですね。律儀に御陵に詣でているジャージ姿の方を見かけますよ。

いろいろ調べていただき、ありがとうございます。
この地方では、厄除け神社として有名で、2月の18日、19日の厄神さんは、すごくにぎわいます。
しかし、普段はとてもひっそりしているので、私のサイクリング途中に立ち寄る大好きな場所です。


うさうささんのコメントで、一つの謎が解けました。
宗佐の八幡神社の言い伝えでは、和気清麻呂が九州に行く途中、ここでイノシシに助けられたことになっています。

なぜイノシシに助けられたか?
応神天皇は、全国4万社ある八幡神社の主祭神なんですよね。
和気清麻呂は、八幡神社の総本山である宇佐八幡宮にお参りに行こうとしていたのです。
で、自分のところにお参りに来る人間が襲われたので、イノシシに変身した応神天皇品陀別命で(ほむたわけのみこと)が助けたんですね。
いやー、すっきりしました。

今度は和気清麻呂を調べてみましたよ。京都の都作りに音頭取って活躍したすご腕の方だったんですね。
お墓が京都上京区の「護王神社」にあります。もとは違う場所にあった廟を、後の時代にここへ移転したものなので、御祭神は和気清麻呂公と、姉の和気広虫です。命日が4月4日で、この日には祭事が行なわれるとの事。
お墓は「護王神社」に移転前には、京都高雄山の「神護寺」にありました。今でも墓石はそのまま残っていて、自由にお参りできます。
「神護寺」はもともと「神願寺」と「高雄山寺」という別々の寺を合併したものです。合併したばかりの頃は「神護国祚真言寺」だったそうです。
名に「真言」がついてますね。空海が高雄山に住んでいた頃に、和気清麻呂の息子兄弟に、「神願寺」と「高雄山寺」を合併した方がいいと勧めたんだとか。空海が関係してたから真言の寺になったんですね。
もともと「神願寺」は、和気清麻呂が個人で建立した寺で、「高雄山寺」は和気清麻呂が愛宕坊の一つとして建立した寺でした。
和気清麻呂を祀る神社に愛宕社があるのはこういう関係があったんですね。
「護王神社」によると、和気清麻呂は京都を出発して、日頃の感謝をするために大分県の「宇佐八幡宮」に向かう道中、和気清麻呂を倒そうと企んだ者が襲おうとしたため、多数の猪が和気清麻呂一行を宮まで護衛したと伝わってるそうです。猪が出たのは福岡県だそうですよ。
京都から大分県まで行ったんですね。普通に今でも凄いと思う距離です。

確かに和気清麻呂が猪に助けられたのは、福岡なんですが、何と、宗佐の厄神さんにも、同じ話が残っているのですよ。
たぶん、菅原道真の天神信仰と同じで、真似をした話が生まれたんだと思います。
だいたい、和気清麻呂が宗佐を通ること自体、眉唾物なんですから。(笑)
ただ清麻呂は、播磨の国司であった時があるので、宗佐にそのような話が、生まれたのかも知れないと思います。
和気清麻呂の猪伝説って、九州では各地に残っているようですが、九州以外では、加古川の宗佐だけみたいです。
で、菅原道真も九州に流される途中の901年に稲美町の天満神社に立ち寄ったとされています。
歴史は難しすぎますねー。

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Author:GGチャリダ
自転車と野菜作りで「人生の楽園」的生活をめざします。

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