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地図から消された島、大久野島を訪ねて

瀬戸内海一周の途中、大久野島に立ち寄りました。

前日までの雨がすっかり上がって、
初夏の到来を思わせるさわやかな風が吹き抜けます。
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大三島の盛港から大久野島まで大人310円、自転車120円です。
船は1時間に1本ぐらいで乗船時間はわずか16分です。

上陸するとすぐにウサギたちが駆け寄ってきました。
なんか自分が人気者になったような気がします。
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大久野島は、ウサギの島として有名ですが、
旧陸軍が毒ガスを製造していた島でもあります。
そして、それを秘匿するため、日本地図から消されていた島です。

現在、島は国民休暇村として開発されているため、道はよく整備されています。
休暇村にレンタサイクルがたくさんあり、自転車で島を回ることができます。
一周しても3キロほどです。
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午後2時56分、船を下り、
宿泊予定の休暇村に行く途中にまず目についたのが、
軍の幹部用防空壕跡です。
説明版も完備されていました。
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立ち入りはできませんが、内部をうかがうことはできます。
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そしてしばらく進むと、毒ガス資料館に到着です。
入館料は100円です。
私が入ったとき、入館者は日本人の夫婦一組だけだったのですが、
しばらくすると中国か台湾の女性数名が入ってきました。
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大久野島の毒ガス工場の歩み、
女性も含めてそこで働いていた(働かされていた)人の悲劇が胸を熱くします。

びらん性毒ガス、刺激性毒ガス、中毒性毒ガスなど数種類の毒ガスが
粗雑な防毒服と不十分な防毒設備の元、この島で製造されていたようです。

大久野島には、今なお多くの戦跡が残されています。
チェックインは後回しにして、その戦跡を回ることにします。
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ここは毒ガスの貯蔵庫跡です。
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こちらはほとんどつぶれかかっています。
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ウサギが一匹、「何してるの?」と問いかけてきました。
いや、「エサ、ちょうだい。」かな?
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砲台跡に上るとそこにも立派な貯蔵庫跡がありました。
この壁の上が砲台跡になっています。
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そしてその下が貯蔵庫跡です。
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2人の若者がレンタサイクルで見に来ていましたが、
私が回っているときに、戦跡を訪れていた人は他にはいませんでした。

貯蔵庫は、当然、山陰に隠されるように作られています。
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しかし別角度から写真を撮ると、
このように穏やかな瀬戸の海が広がっています。
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地図から消された毒ガスの廃墟の島…。
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のびのびとウサギが暮らす平和な島…。
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戦争と平和が交錯する大久野島…。
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これだけ生々しい日本の歴史がすぐそこにあるのに…。

もちろんここを訪れる人は、毒ガスの廃墟を見に来たわけではありません。
忙しい日常の中、わざわざ休暇を取って非日常を楽しみに来ているのです。
私のようなリタイヤ組の気ままな旅とは違います。

自転車を止めると、すぐにウサギたちに取り囲まれてしまいました。
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本当にこれでいいのかなー、という複雑な思いを胸にしながら、
翌日、大久野島を後にしました。
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コメント

大久野島、島のアウトラインは知っていましたが、
私は行ったことがありませんでした。

ビジュアルな解説で様子がよくわかりました。
近現代の遺跡は軽視されがちですが、
(生産、産業遺跡には大分光があたり始め
ましたが)よく保存、公開されているのは貴重
ですね。

現職であれば、すぐに整理してパワーポイントで
仕事したでしょうね(笑)



世界遺産に登録された明治の産業遺産のように、
ガイドツアーなどがあればいいのにと思いました。

そもそも日本の毒ガス使用を国民が知ったのが1984年(昭和59年)、
このままでは、全容が解明されないまま終焉を迎えるのではないかと思いました。
だれもあまり触れたくない部分ですし…。

ただ、返す返すも残念なのは、
もう一度大三島に戻って、しまなみを走破する案が
思い浮かばなかったことです(笑)。
距離的には、忠海港から尾道と、大三島から尾道では、
ほとんど変わりませんし、
第一、しまなみのほうがずっと走りやすかったでしょう。

うーん、失敗したなー。

大久野島に渡られて、(戦跡と廃墟)見られましたか!

僕も初めて大久野島に渡ったとき、自転車で島を一周して分かりました。
毒ガス貯蔵庫跡や防空壕跡や砲弾跡が鮮明に残っていて、夕方近くだったせいもあり余計に当時の生々しさを感じました。
また、毒ガス資料館に入って、胸が熱くなったことを思い出します。

(今やそこはウサちゃんの楽園の島になっていますが!)

やっぱりしまなみ海道は全走破してほしかったですね!
特に生口島は見どころが多いので、次回の時は是非立ち寄って下さいね。

ところで、しまなみで輝く夕焼けは見ましたか?

しまなみ海道をサイクルしてからもう5年経つので、また走りに行きたいです。

大久野島で働いていた(働かされていた)人についても、
知りたいことはいっぱいあります。
またその家族についても…。
でも旧陸軍科学研究所というトップシークレットのことですから、
なかなか全容が明らかになるのは難しいでしょうね。
それが戦争というものかなとも思いました。

大久野島の夕日、素晴らしかったです。
そして、夜明け前のヤシの木の影が時間とともに明るくなって行くさまも。

しまなみ全行程、走破したかったですねー。
大久野島から大三島に戻ることを、
計画段階で考えていませんでした。
まー、性格的に猪突猛進ですですから(笑)。

次回は、必ず!

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自転車と野菜作りで「人生の楽園」的生活をめざします。

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